2017年2月21日火曜日

みぎわ館通信 2017年2月19日 第256号

女子寮合同礼拝を行いました!!

♪めぐみ館での合同礼拝♪

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 「2月16日と2月17日の礼拝は女子寮合同礼拝とします!」と、ある日の礼拝終了後に礼拝委員長S.Hさんから連絡がありました。「おお~♪」と湧き上がる歓声。各館で行われている夕礼拝は進行の仕方は同じですが不思議と雰囲気が違います。めぐみっ子達にみぎわ館の礼拝の雰囲気を、みぎわっ子達にはめぐみ館の礼拝の雰囲気を味わって欲しい。そんな気持ちから女子寮の合同礼拝が今回実現しました。
 夏休み前に企画された女子寮合同ガーデンパーティーをきっかけに、互いの寮の良さを生徒達に感じ取って欲しいと女子寮の先生達はよく話していました。なので、今回の提案はものすごく嬉しいものでした。生徒達からやりたい!と声があがったこともそうですし、提案を聞いたみぎわっ子たちがとても楽しみにしている様子を見ることができたからです。
 2月16日(木)、この日みぎわっ子たちは元気よく玄関を飛び出し、めぐみ館へ走っていきました。めぐみ館のホールに入ると椅子がしっかり並べてあり、みぎわ館生を招く準備がしっかりされていたことに感心しました。白い床に白いテーブル、白い壁。天井には木の梁が見え、そこにはいつもと違う適度な緊張感がありました。1・2年生を目の前に、話しをしてくれたのは1年生のT.Aさん。自分自身を見つめていきたい……と想いを伝えてくれました。めぐみっ子もみぎわっ子も語られる一言ひとことにしっかりと耳を傾けて聞いていました。次の日はめぐみっ子たちがみぎわ館へ!みぎわ館生の間にめぐみ館生が入るように椅子が並べられていました。話しをしてくれたのは2年生のS.Hさん。笑いありのお話は、緊張して入ってきためぐみっ子達の心をほぐしてくれました。
 「礼拝の雰囲気は集う者たちでつくりだされる。」二日間を通して私が感じたことです。めぐみ館の礼拝もみぎわ館の礼拝も、今いる生徒達が雰囲気をつくりだしてくれていると改めて感じました。語られるメッセージは和やかなもの、時にしんみりするもの、その時その時で違えば、漂う空気感も違います。でも、その中に彼女たちなりの「メッセージ」がしっかり込められていて、それを聞いている側も心で表情で受け取ってくれている。すてきなことです。最近、女子生徒達はお互いの館の様子をよく見合うようになりました。特に48回生たちが。嬉しいことです。みぎわ館で課題がでてくると、「めぐみ館でも考えた方がいいですかね~?」と声があがると聞きます。お互いの館で行われているミーティングに参加したいという話も耳にするようになりました。
 実は、女子寮の教師の私たちも、たまにお互いの館を行き来きしています。実際に生徒達の中に入っていくことで見えてくる生徒達本来の姿に出会える喜びがあります。生徒達も私達も、もっともっと喜びや悩み、寂しさ、嬉しさを館を超えて共有していけたらと思っています。(小林)

♪みぎわ館での合同礼拝♪

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女子寮合同礼拝のお話より

「 寮は鍋 」       2年 S.H

『わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力を身に着けて、あなた方の愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。(フィリピの信徒への手紙 1章9~10節)

 朝5時に起きます。まだヒーターはつきません。湯沸かし器も使えません。ホールまでおりてきてお湯を沸かし、コーヒーを入れます。そして部屋に戻ってまだ薄暗い外を見ながらコーヒーを飲みます。本を読んだり勉強したり、ちょっと片付けて制服に着替えて朝ご飯に行きます。朝食を食べ終えたら社会科準備室のF先生に挨拶をし、チャペルの電気を付けてオルガンのチューニングをしてスピーカーのスイッチを入れます。寮に一旦帰ってきて掃除をして歯を磨いて朝練に行く。これが私の朝の日課、のはずでした。
 ところが困ったことに私のアイデンティティのようなこの日課が乱されています。それはなぜか。そうです。朝起きられないのです。寒いのです。
 寒さは人をどこまでも冷やします。体調不良も引き起こします。そんな私の癒しは、布団の暖かさ、温もりでした。これは、何にも替えがたく癒されました。が、しかし、それも束の間、朝起きられないという苦痛が私を襲います。全ては寒いというだけで。寒い原因の一つに、学校でカーディガンを着ないという決心がありました。私は思い切ってカーディガンを着ることにしました。すると驚くほど暖かいのです。その日一日、私は嬉しくて仕方ありませんでした。私は幸せでした。
 あたたかいということは、人の感じる最も幸せな感覚だと思います。例えば、こたつ、湯たんぽ、飲み物、食べ物、人の温もり、これらがあたたかいと幸せなんです。あたたかいだけで幸せになれるのです。人は時に心においても体においても寒さを感じることがありますが、暖かい服を着て、温かい食事を暖かい人達と囲んだら、どれほど幸せでしょうか。
 私はそれが可能な場所を知っています。ここです。寮です。毎日3食温かい食事がでます。一緒に食事をする仲間がいます。一人だと思っても決してそんなことはありません。想ってくれる仲間がいます。苦しければ分かち合ってくれる仲間がいます。これが、どんなに恵まれていて幸せなことか。
 私がそれを感じたのは、1年生がスキー教室に行っている時でした。学校にも寮にも2年生しかおらず、何だか何もかもから解放されたように自由になった気がしました。
 一日目の鍋パーティー。みぎわ館48回生全員が席について鍋を囲んだ時、その光景はなんだか感慨深く、言い合う冗談も、真面目なことも、ダジャレも、すべてが場を和ませていて、私はあれほど幸せな食事はないと思いました。本当にあたたかい一時でした。
 多様性に寛容であることは敬和の学びの一つですが、これにも「あたたかさ」のヒントが隠されています。せっかく映画を借りてきたのに嫌だと言う人も、別なものが観たいと言う人もいます。皆で何かしようと、何時集合と言っても守らない、何だか腹が立つ道徳的な反論、自分がしたいことは皆でするのは難しい。とりあえず勝手な自分がいました。進路DAY1日目。「多様性は寛容であること」というワードが一瞬でてきました。それがなんだかひっかかっていた私は一日考え、行動を起こした2日目から本当の自由と楽しさを見出していきました。だだし、それは寛容なだけの、常に妥協し、必ず約束を守り、主張をしないということではありません。それでは鍋を囲んでも幸せではありません。あたたかくもない。寮があたたかいのは、個々が“多様性”に寛容であり、自分の想いを伝えているからです。
 もしも、この中にまだ寮のあたたかさを感じていない人がいるとします。その人に伝えます。自分の殻に閉じこもっていないですか?あなたの周りには必ず想ってくれる仲間と、きっと喧嘩してくれる仲間と、鍋を囲んだ時のような温かい仲間がいます。私もなんだかんだで最近まで殻に閉じこもっていた人間です。でも、外の世界は、今まで知ることのなかった「あたたかさ」であふれていました。それをどうか今すぐにでも知って欲しいと願っています。
 寮で本当に重要なのは、ちゃんと学校に行くことでも、携帯を持ってこないことでも、ルールを守ることでもなく、ここが寒くなくて、あたたかい場所だということの経験をもち、頭ではなく心で理解することだと思います。その為の守るべきルールなどが存在するのです。もうすぐ50回生が入ってきます。私達はそれぞれ一つ上の学年に上がっていくわけですが、私達はこのあたたかさを受け継ぎ、伝えていく必要があるのです。